2024年01月13日
三方原の歴史を学ぶ講座 1月13日
「三方原の歴史を学ぶ講座」4回目を開催しました。
講師は小杉和義さん「絵画に見る戦前の三方原」
小杉家は明治後期に積志村から三方原に入植しましたが、当時は近所に6件の人家しかなかった。
養蚕業を営んでいたが養蚕業の衰退から戦前に父親が鍛治町に「MIYUKI」という和洋菓子やアイスクリームの店を出し小杉さんも手伝っていた。
【得意な絵の説明をする講師の小杉さん】

(画像をクリックすると大きな画面でご覧いただけます)
【花川付近にあった三方原合戦の「家康の陣跡」といわれている精鎮塚が畑の中にあった頃の絵】

開発が進み今は、精鎮塚のあった所には看板が立ち、三方原町の本乗寺に遷されている。
【百里園の製茶工場】

茶園が整備されて製茶工場の落成式は明治19年(1886年)5月27日
最盛期はモンゴル、東南アジアにも輸出していた。
明治の開拓の中心地は三方原神社のある所、扶持米倉庫や開拓事務所、三方原小学校などが建っていた。
92歳になる小杉さんは子どもの頃に見た風景を思い出して、また人から引いて当時の絵を描いている。現在の三方原からは想像もできないような原風景を描いた絵を何枚も持ち込み鑑賞させていただいた。
講師は小杉和義さん「絵画に見る戦前の三方原」
小杉家は明治後期に積志村から三方原に入植しましたが、当時は近所に6件の人家しかなかった。
養蚕業を営んでいたが養蚕業の衰退から戦前に父親が鍛治町に「MIYUKI」という和洋菓子やアイスクリームの店を出し小杉さんも手伝っていた。
【得意な絵の説明をする講師の小杉さん】
(画像をクリックすると大きな画面でご覧いただけます)
【花川付近にあった三方原合戦の「家康の陣跡」といわれている精鎮塚が畑の中にあった頃の絵】
開発が進み今は、精鎮塚のあった所には看板が立ち、三方原町の本乗寺に遷されている。
【百里園の製茶工場】
茶園が整備されて製茶工場の落成式は明治19年(1886年)5月27日
最盛期はモンゴル、東南アジアにも輸出していた。
明治の開拓の中心地は三方原神社のある所、扶持米倉庫や開拓事務所、三方原小学校などが建っていた。
92歳になる小杉さんは子どもの頃に見た風景を思い出して、また人から引いて当時の絵を描いている。現在の三方原からは想像もできないような原風景を描いた絵を何枚も持ち込み鑑賞させていただいた。
Posted by ハママツキタマチ at 22:40│Comments(0)
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