2019年05月26日
初夏のノルディック・ウォーク ”みやこだ邑を歩く”
都田町は伊勢神宮の御厨として発展した土地、都田町で公開している古墳は3基あります。
「恩塚山古墳」「見徳古墳」「郷ヶ平古墳」の3基うち、「恩塚山古墳」を目指します。
5月25日(土)9:10 都田総合公園西駐車場を出発

(画像をクリックすると大きな画面でご覧いただけます)
恩塚山古墳へ向かいます。
《恩塚山古墳》
常葉大学の南西、都田町と細江町の境界、山の中腹にある古墳群(13~15基)で7世紀初め頃(約1400年前)に築かれた。
出入りの通路(羨道)と遺体を埋葬する空間(玄室)がT 字型の配置(通常はI 型)の珍しい形。
韓国に同じ形の古墳があることから被災者は渡来人と考えられている。

恩塚山古墳を見学し、小休止後に須倍神社へ向かいます。初夏の日差しを浴びて汗ばみます。
《須倍神社》
887年の建宮で、当初は「内宮」は上社として、「外宮」は下社として別々の場所に建宮された。902年に上社、下社を現在地に遷した。
主祭神 内宮 天照皇大神
外宮 豊受姫大神 都田村内69社を合祀

須倍神社参拝後に「谷上の六地蔵」へ向かいます。
《谷上の六地蔵》
長源寺に祀られていて「無事安心なのは六地蔵様のお守りくださるおかげ」と思われていた。長源寺が炎上して廃寺になった。その後、悪い病気(赤痢)がはやり、困った村人はお堂を再建して六地蔵様をお迎えして安置した。すると恐ろしい病気も止まり平和な暮らしに戻った。村人は六地蔵様を心を込めてお守りしたいる
六地蔵様を参拝後、都田総合公園西駐車場へ戻り(11:30着)、予定通りのノルディック・ウォークでした。
「恩塚山古墳」「見徳古墳」「郷ヶ平古墳」の3基うち、「恩塚山古墳」を目指します。
5月25日(土)9:10 都田総合公園西駐車場を出発
(画像をクリックすると大きな画面でご覧いただけます)
恩塚山古墳へ向かいます。
《恩塚山古墳》
常葉大学の南西、都田町と細江町の境界、山の中腹にある古墳群(13~15基)で7世紀初め頃(約1400年前)に築かれた。
出入りの通路(羨道)と遺体を埋葬する空間(玄室)がT 字型の配置(通常はI 型)の珍しい形。
韓国に同じ形の古墳があることから被災者は渡来人と考えられている。
恩塚山古墳を見学し、小休止後に須倍神社へ向かいます。初夏の日差しを浴びて汗ばみます。
《須倍神社》
887年の建宮で、当初は「内宮」は上社として、「外宮」は下社として別々の場所に建宮された。902年に上社、下社を現在地に遷した。
主祭神 内宮 天照皇大神
外宮 豊受姫大神 都田村内69社を合祀
須倍神社参拝後に「谷上の六地蔵」へ向かいます。
《谷上の六地蔵》
長源寺に祀られていて「無事安心なのは六地蔵様のお守りくださるおかげ」と思われていた。長源寺が炎上して廃寺になった。その後、悪い病気(赤痢)がはやり、困った村人はお堂を再建して六地蔵様をお迎えして安置した。すると恐ろしい病気も止まり平和な暮らしに戻った。村人は六地蔵様を心を込めてお守りしたいる
六地蔵様を参拝後、都田総合公園西駐車場へ戻り(11:30着)、予定通りのノルディック・ウォークでした。